堀本和歌子は元アパレル経営者でギャルモデルだった?経歴を徹底調査!

2022年10月28日に、福岡市議であった堀本和歌子さんが辞職されましたね。

辞職理由としては、ライバル候補になるとされる元衆議院議員の新開裕司さんになりすまし、旧統一教会との関係を示すビラを配布していたことが問題となったからです。

謝罪の記者会見も開いた堀本和歌子さんですが、とても綺麗な女性ですよね。

実は、モデルの経験もあるとか。

それだけでなく、アパレル経営もしていたとのことで、堀本和歌子さんの経歴が気になります。

そこで今回は「堀本和歌子は元アパレル経営者でギャルモデルだった?経歴を徹底調査!」と題して、福岡市議の堀本和歌子さんについて調査したいと思います。

目次

堀本和歌子は元アパレル経営者でギャルモデルだった?

堀本和歌子さんは、議員になる前はアパレル経営をしていました。

オリジナルブランド「pudding」を立ち上げ、全国に11店舗のショップを経営していました。

堀本和歌子さんは当時お店のスタッフに裏で「鬼」と言われていたそうですが、それだけ厳しくしていかないと全国に11店舗のショップを経営していくことは難しいですよね!

堀本和歌子さんが立ちあげたブランド「pudding」は、福岡の天神ビブレの中に入っていて、天神ビブレが閉店するまでお店がありました。

若い方向けのパーティーに着て行けるようなデザインが多くあるお店だったようです。

 

また、堀本和歌子さんはネット上でとてもかわいいと言われていますが、モデルの経験があるようで納得ですね!!

昔の写真を検索するとギャルだった時代もあったことから、ギャルモデルをしていたのかと思いきや、福岡のローカルモデルでした。

モデル時代は本名ではなく、「melody」という芸名で活動していました。

【堀本和歌子のモデル活動】
・福岡銀行のCM
・岩田屋のCM
・ダイエーのCM

モデルは小学生で始め、18歳までやっていましたが、その後は百貨店に勤務するなど別の仕事をしていました。

堀本和歌子さんの経歴を詳しく見ていきましょう!

堀本和歌子の経歴

堀本和歌子さんのモデル活動以降の経歴をご紹介します。

堀本和歌子さんは、モデルを辞めると百貨店に勤め、エレベーターガールや館内放送のアナウンスなどをしていました。

百貨店を辞め、その後は香港で英語翻訳や服飾デザイナーの仕事をし、前述したようにアパレル経営者となります。

2018年に会社を売却し、2019年4月、福岡市の市議会議員選挙に立候補し当選します。

その後は福岡市議として活動していましたが、今回のなりすましビラ配布事件で2022年10月28日をもって辞職することになりました。

 

とても美人な方なので、この事件がなければ人気議員となりそうだったのに、残念ですね。

まとめ

今回は「堀本和歌子は元アパレル経営者でギャルモデルだった?経歴を徹底調査!」と題して、福岡市議の堀本和歌子さんについて調査しました。

堀本和歌子さんは元アパレル経営者で、全国に11店舗のショップを持っていたことがわかりました。

また、それ以前はモデルとしての活動経験があり、「melody」という芸名で活動していました。

2019年に福岡市議になりましたが、今回のなりすましビラ配布事件によって辞職となりました。

 

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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