シンガーソングライターやタレントとして長年活躍し、2026年で芸歴74年となる美輪明宏。奇抜な見た目でテレビ番組に出演しているので、知っている人も多いのではないでしょうか。今回この記事では、美輪明宏の若い頃のエピソードや天草四郎の生まれ変わりという噂について解説していきます。
美輪明宏の若い頃のエピソード
美輪明宏の若い頃のエピソードを紹介します。
経営者の子として長崎に生まれる
1935年5月15日に長崎県長崎市で5人兄弟の次男として誕生した美輪明宏。出生時の名前は寺田臣吾だったが母親の実家の跡継ぎで丸山臣吾に改名しています。
実家は長崎市内の丸山遊廓近くでカフェや料亭を経営して成功を収めていました。風呂屋も経営しており、当時は家庭風呂が存在しない時代。良家も風呂屋に通っており、様々な人の身なりと服装を脱いだ裸の身体とのギャップに「着る物など嘘っぱち」「裸のままが本当の人間なんだ」と感じます。
幼少期の頃から人の見た目ではなく心を見るという意識が芽生えていたそうです。
終戦後、声楽とピアノを始める
1945年8月9日、当時10歳の美輪明宏は絵を描いていた時に長崎市への原子爆弾投下による被害を受けます。自宅に一緒にいた美輪明宏と兄妹2人は無事だったが、終戦の日に爆心地近くにあった生母の実家へ祖父母を探しに行き、惨状を目の当たりにしたそうです。
原爆によって父親が貸付していた会社が相次いで倒産。返済を受けられなくなり一家は貧乏生活になり、美輪明宏は幼い異母弟たちと辛い日々を送ります。
終戦後の中学生の頃、映画に出演していた加賀美一郎のボーイソプラノに衝撃を受け、声楽とピアノのレッスンを受け始めます。
歌やアルバイトでお金を稼ぐ
1951年の春、国立音楽高等学校に進学するために上京。教員の勧めで「丸山明宏」に改名します。ある日、帰省した時に父親と大喧嘩し絶縁を言い渡されます。仕送りが止まった美輪明宏は、高校を中退。お金を稼ぐために進駐軍のキャンプ廻りで歌を披露しお金を稼いでいました。
1952年、17歳の頃にゲイバーやバーテンなどのアルバイトに従事。銀座7丁目にあるシャンソン喫茶「銀巴里」で美少年(ボーイ)の募集に応募し歌手として専属契約。国籍や年齢不詳として売り出します。
神武以来の美少年と評される
銀巴里では次第に人気になり、三島由紀夫や吉行淳之介、遠藤周作などの文化人の支持を得ていました。
1957年、シャンソン「メケ・メケ」を日本語でカバーし、艶麗な容貌と歌声で一躍人気に。元禄時代の小姓衣装やレース地のワイシャツなどを身に纏い、三島由紀夫が「天上界の美」と称賛。マスメディアから「神武以来の美少年」「シスターボーイ」と評され一世を風靡します。
美輪明宏が天草四郎の生まれ変わりって本当?
美輪明宏が天草四郎の生まれ変わりと噂になっていますが、この噂は本当ではありません。しかし、過去に美輪明宏本人が「自身の前世は天草四郎」と話していたのは本当です。
過去にテレビ番組で、霊能者の木村藤子に「美輪明宏の前世は天草四郎か」と問うと「美輪さんの前世に天草四郎はいない」と断言。これを受け美輪明宏は「自分の前世に天草四郎はいない」「丸山明宏名義で売れなくなっていた頃、前世を天草四郎と称することで名を売っていた」と売れるために吐いた嘘であったことを公表しています。
天草四郎とは
天草四郎とは、江戸時代初期のキリシタンで島原の乱における一揆軍の中心人物です。本名は益田四郎時貞。幼少期から容姿端麗で非常に賢く、キリスト教の信仰とカリスマ性で農民たちをまとめ上げた伝説的な存在として知られています。
美輪明宏の病気について
2026年で91歳となる美輪明宏。現在まで様々な病気を患い乗り越えてきたそうです。ここでは美輪明宏が患った病気について紹介します。
慢性気管支炎
1978年、舞台活動を再開した美輪明宏は、幼い頃より中華料理やイタリア料理、肉料理中心で食生活を過ごしてきたことから体調が悪化していきます。この頃に発症した病気が慢性気管支炎です。
慢性気管支炎は年々悪化していき、俳優や歌手活動に支障をきたし始め、トークショーなどのテレビ出演を控えるようになります。
びまん性汎細気管支炎
美輪明宏は体調の悪化に伴い1985年から1993年までの間、舞台から遠ざかっていました。この頃は医者から「3ヶ月の命かもしれない」と余命宣告されていたそうです。
当時患っていた病気が「びまん性汎細気管支炎」という難病。呼吸ができなくなり東京駅の階段を上るのもやっとだったと話しています。
美輪明宏は、10年程この病気を患っていましたが、病院でもらった薬が効いたらしく奇跡的に4ヶ月ほどで治ったそうです。
脳梗塞
2019年9月11日、美輪明宏は脳梗塞を発症。予定していた舞台公演は全て中止になりました。
軽い脳梗塞だったことから退院は早く、2か月後の2019年11月17日のラジオ番組で仕事に復帰。同年12月に西新宿で行われた「明治きのこの山・たけのこの里国民総選挙2019」の結果発表会に出席し、公の場での復帰を果たしています。
美輪明宏とは
美輪明宏とは、シンガーソングライターで俳優やタレントとして活躍している人物です。本名は「寺田臣吾(てらだしんご)」で、1971年までの芸名は「丸山明宏(まるやまあきひろ)」です。1971年からは現在の美輪明宏に改名し、活動しています。
事務所は自らの個人事務所である「株式会社オフィスミワ」に所属しています。
声優としても活躍
美輪明宏は、歌手やタレントだけでなくアニメの声優としても活躍しています。声優として出演した作品は以下の通りです。
- 幻魔大戦(1983年、劇場アニメ):フロイ役
- もののけ姫(1997年、劇場アニメ):モロの君役
- ハウルの動く城(2004年、劇場アニメ):荒地の魔女役
- 劇場版ポケットモンスターダイヤモンド&パール アルセウス超克の時空へ(2009年、劇場アニメ):アルセウス役
- メーテルリンクの青い鳥 チルチルミチルの冒険旅行(1980年、テレビアニメ):夜の女王役
まとめ
今回は、歌手やタレントとして活躍する美輪明宏の若い頃のエピソードや天草四郎の生まれ変わりという噂について解説しました。
美輪明宏は、1957年に「メケ・メケ」を日本語でカバーしたことをきっかけに「神武以来の美少年」として一躍人気になった人物です。本人が「天草四郎の生まれ変わり」と公表していましたが、これは丸山明宏名義の頃に本人が売れるために吐いた嘘であることが判明しています。
現在91歳という年齢の美輪明宏ですが、未だ芸能活動を引退していません。今後どのような活躍を見せていくのか注目です。







