「サッカーの王様」と言われていたブラジルの元サッカー選手ペレさんが、82歳でお亡くなりになりました。
サッカーを詳しくない人でも、ペレさんの名前は一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
ただ、ペレさんの何がすごかったのか気になりますよね。
そこで今回は「ペレは何がすごかったのか?愛称の由来やプロフィールも調査!」と題して、ペレさんについて調査したいと思います。
ペレさんの映画を見ると、ペレさんについてよくわかりますよ♪
ペレは何がすごかったのか?
ペレさんのすごさとは何なのか3点挙げました。
②独創的なプレー
③身体能力が高い
1つずつ見ていきましょう!
ペレは何がすごかったのか?①通算成績がすごい
ペレさんの何がすごかったのか1つ目は、何と言っても通算成績が素晴らしいことです。
FIFA 公式サイトによると、ペレさんは14歳でデビューしてから1977年の引退までの23年で、通算1363試合に出場し、1281ゴールを記録しています。
公式記録として残っているものの中では、1試合5得点が6回、4得点が30回、ハットトリックは92回、1試合最多得点は8点と世界最高の記録です。
ペレは何がすごかったのか?②独創的なプレー
ペレさんは何がすごかったのか2つ目は、独創的なプレーをすることです。
プレーの技術力が高い選手でも、自分の得意なプレーというものがありますが、ペレさんは独創的なプレーをすることで有名です。
例えば、突進するDFの頭上にボールを浮かせてから相手の背後に回りこむ「シャペウ」と言われるプレーや、相手GKと1対1になった場面で、ボールを意図的にスルーしてGKの予測の裏を突き、反対側をすり抜けてシュートを放つプレーなど、予測のつかないプレーを一瞬で判断して実行しました。
ペレは何がすごかったのか?③身体能力が高い
ペレさんは何がすごかったのか3つ目は、身体能力が高いことです。
ペレさんは一度目の引退後に、アメリカで瞬発力・持久力・ジャンプ・反射などの身体の検査を受けたことがあります。
身体検査では、全ての項目で高い数値を叩き出しました。
その際、専門家に「これ以上の肉体は考えられない」と言われたほどでした。
以上、ペレさんがすごいと言われている理由3つを挙げましたが、その他にも自己管理を徹底していたことや、大舞台での勝負強さなど努力や精神面の強さがサッカー選手として素晴らしいところです。
そんなペレさんですが、「ペレ」というのは本名ではなく、愛称ということをご存じでしたか?
ペレの愛称の由来
「ペレ」というのは本名ではなく、愛称ですが、由来は以下のとおりです。
その時のペレさんは幼く、ミナス・ジェライス訛りもあり、「B」の発音が出来ず「P」と発音していました。
ペレさんのクラスメイトからも「ペレ」と呼ばれるようになりますが、ペレさんご本人は「ペレ」と呼ばれることを好まず、「エドソン」と呼ばれることを望んでいました。
「ペレ」と呼んだ友人を殴り、2日間の停学処分を受けたこともあったとか。
ちなみに、「ペレ」という愛称が定着するまでは、父親の愛称である「ドンジーニョの息子」、家族からは「ジッコ」と呼ばれていました。
ペレのプロフィール
ペレさんのプロフィールは以下の通りです。
【ペレ】
この投稿をInstagramで見る
1950年ペレさんが9歳の時、ブラジルで「1950 FIFAワールドカップ」が開催され、ブラジルが1-2で敗れ優勝を逃すと、パウルの街全体は静まりかえり、父親を含めた家族も悲しみました。
そんな父親を励まそうと、ペレさんが父親にかけた言葉が有名です。
見事に父親との約束を果たしたペレさん。
それだけでなく、全世界で有名となり、サッカー界のレジェンドとなるなんて素晴らしいですよね!
まとめ
今回は「ペレは何がすごかったのか?愛称の由来やプロフィールも調査!」と題して、ペレさんについて調査しました。
ペレさんがすごかったのは「通算成績」「独創的なプレー」「身体能力の高さ」であることがわかりました。
また、ペレさんの愛称の由来は、「父親の所属していたサッカークラブ、ヴァスコ・デ・サンロレンソのGKの「ビレ (Bilé) 」のファンであったこと」であることがわかりましたね。
亡くなられたあとも多くの人がペレさんを追悼しており、ペレさんがたくさんの人に慕われ、愛されていたことがわかりますね!
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!